TOP » 立命館大学
立命館大学
立命館大学は1869年(明治2年)に私塾「立命館」として西園寺公望氏が創立し、その後秘書官であった中川子十郎氏が立命館大学の前身となる「私立京都法政学校」を建て1901年にようやく校舎が京都市上京区に出来ました。
その後専門学校令による組織変更を経て1922年に大学令によって立命館大学が設置されました。
キャンパスは京都市にある衣笠キャンパスと朱雀キャンパス、滋賀県草津市にあるびわこ・くさつキャンパスの3箇所で、このうち朱雀キャンパスは使用学部はありませんが、公務研究科・法科大学院の法務研究科と経営大学院の経営管理研究科が使用しています。
また各キャンパスにはAED(自動体外除細動器)が設置されていて、毎年消防署の協力のもと数回にわたりAEDの操作方法や講習会を行っています。
設置箇所も4分以内に持ってこられるようにと随所にあり、キャンパス以外の合宿所や水場関係のヨット部やボート部、カヌー部の艇庫にも設置してあります。
一般見学ができる施設の中に国際平和ミュージアムがあり、入場口には漫画「火の鳥」のレリーフと「わだつみ像」が設置されています。
戦没学生の慰霊のためのわだつみ像は1953年に除幕されましたが、1969年に破壊され現在のわだつみ像は1976年に再建立されたものです。
この施設は立命館大学の理念である「平和と民主主義」は、第2次世界大戦と15年戦争と言われる、満州事変からポツダム宣言による降伏までの戦争の反省からきていて立命館大学では太平洋戦争開戦日の12月8日にわだつみ像の前で「不戦のつどい」という集会を行っています。
立命館大学の学祖と呼ばれる「西園寺公望氏」は私塾立命館の創設だけではなく、中川子十郎氏に様々な政治的人脈を生かした支援をしました。
西園寺家の家紋を立命館学園が使用するのを許可したり、大学令に必要な書籍を寄付したり、また支援は西園寺本人だけでなく実弟が大口の寄付をしたこともあります。
映画「ラストエンペラー」で有名な満州国皇帝溥儀も立命館に多額の寄付をし、衣笠キャンパスが建てられたと言われていますが、これも西園寺公望氏の人脈によるものとされています。
西園寺公望氏が寄付した書籍は西園寺文庫としてその後寄贈されたものも含めて保存されています。
こうした事から西園寺家との関係は今も尚、学校法人立命館だけでなく立命館大学とも続いていて大学の行事には西園寺家の人々が参加しているようです。